JTB CHINA > 中国世界遺産 > 世界遺産文化遺産・雲崗石窟
 
 

世界遺産文化遺産・雲崗石窟

北魏の時代に作られた仏教石窟寺院
第20窟の大仏が有名

    雲崗石窟は今から1500年前の北魏時代、約70年の歳月をかけて造営されました。雲崗石窟には秦漢時代から続く伝統様式と、北魏王朝を建てた鮮卑(せんぴ)族の文化、そしてインドや中央アジアから伝播した仏教芸術の要素が見られ、これらが混ざり合って独特の芸術美を生み出しました。最も大きな石仏は最大17メートル、最小のものはなんと2ミリ。その見事な彫刻は目を見張るものがあります。実際に現地へ赴いた際は、ぜひ細部にまで目を凝らして、1500年前の様子を想像してみてください。当時どれほど仏教が流行していて、またどれだけ多くの財力と人手によって造り上げられたかが垣間見られるはずです。

雲崗石窟 雲崗石窟 雲崗石窟

世界遺産登録:2001年


雲崗石窟
 

雲崗石窟へのアクセス

    雲崗石窟は、山西省北部の大同市中心部から西へ16キロ、車で約30分の武周山南麓に位置します。大同市中心部には、由緒ある仏教寺院の華厳寺や明代に作られた九龍壁などがあります。また郊外には断崖絶壁に建つ懸空寺、中国最古の木造建築といわれる応県木塔など見どころが多く、時間に余裕があれば合わせて見学することをおすすめします。

    最寄りの大同倍加造空港へは北京、上海、広州から就航便が出ている他、列車でのアクセスも可能です。

 
 

★世界遺産に選ばれた理由

    雲崗石窟は、5~6世紀に作られた数多くの優れた石窟芸術と仏教文化が認められ、2001年12月にユネスコ世界文化遺産に登録されました。東西16キロにわたって続く雲崗石窟には、現存するだけでも大小合わせて252か所の洞窟、5万1千体あまりの石の彫像が残っており、1500年前に花開いた仏教芸術の精華を堪能することができます。また、石窟の壁面などには、楽器や舞踊、衣装などの装飾彫刻が施されており、当時の仏教思想の流行や北魏の社会生活が反映されています。これらは彫刻、建築、音楽、宗教などの研究において貴重な資料といえます。

雲崗石窟 雲崗石窟
 

★雲崗石窟の歴史

    雲崗石窟は、北魏時代の460年、曇曜(どんよう)という高僧が時の皇帝である文成帝に願い出て5か所の石窟を開いたことに始まります。これが「曇曜五窟」と呼ばれる、現在の16~20窟にあたる部分です。その後、曇曜五窟の東側にある現在の1~15窟が開かれ、494年の洛陽遷都の年まで造営が続きました。遷都後は、信仰心の深い民間人の手によって、曇曜五窟の西側部分に小規模な石窟が掘られ、520年頃まで造営が行われました。

 

★雲崗石窟の見どころ

1.曇曜五窟(16~20窟)

    雲崗石窟のハイライトは、曇曜五窟(どんようごくつ)と呼ばれる16~20窟です。雲崗石窟の中で最初期に造営された石窟で、北魏時代の460年から高僧・曇曜が指揮を執ったためこのように呼ばれています。曇曜五窟はいずれも大仏が主尊像となっており、5人の北魏皇帝をかたどったといわれています。大仏の厚い唇、高い鼻、細長い目、がっしりとした肩幅の勇ましい姿は、インドや中央アジアの影響を受けているといわれますが、北魏は鮮卑族による王朝なので、もしかしたら皇帝の顔に似せたのかもしれません。
    特に20窟の露天大仏は、雲崗石窟の紹介写真などで必ず登場するのでおなじみでしょう。実際に前に立ってみると、予想以上に壮大で見る者を魅了します。また19窟にある本尊坐仏は高さが16.48メートルもあり、穏やかな顔つきが印象的です。

雲崗石窟
 

2.造営中期の石窟群(1~15窟)

    1~15窟は470年前後から494年頃までに造営されました。入場口を入ってすぐ前に見えるのが5窟と6窟です。この2つの石窟の外側には清代に建造された木造楼閣が築かれていますが、北魏時代にはすべての石窟の前にこうした木造の屋根が付いていて入口を覆っていたといわれています。5窟の内部には雲崗石窟最大の高さ17メートルの釈迦牟尼坐像が安置されています。その周りには仏や飛天などが精巧に彫刻され、天上の世界が表現されています。6窟は諸窟の中でも比較的規模の大きな、四角い形の石窟です。中央に鎮座するのは、天井まで連なる巨大な方柱。柱の四面には釈迦牟尼の一生が細かに美しく刻まれています。また五華洞と呼ばれる9~13窟は鮮やかな色彩が残る華やかな石窟群です。こうした精細な彫刻、華麗な装飾、ほっそりとして美しい容貌の人物像は、中期に造営された石窟に見られる特徴です。

雲崗石窟
 

3.西方諸洞(造営後期の石窟群)

    460年に造営が始まった雲崗石窟でしたが、494年に都が大同から洛陽へ遷都した後は、大規模な石窟が掘られることはありませんでした。しかし、信仰が厚い民間人の中には私財を投じて石窟を掘り続けた人々がいました。そうして造られたのが西方諸洞と呼ばれる、雲崗石窟の西側部分にある石窟群です。これらの石窟はどれも規模が小さいものの、洛陽の竜門石窟などに継承されていく造形様式が多く見られます。石窟芸術の変遷を見ていく上で興味深い石窟群です。

 
 

中国各地より雲崗石窟へ訪れる中国国内ツアー(宿泊+送迎+観光+日本語ガイド付き)

 
 
Valid XHTML 1.0 Transitional