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世界文化景観遺産・杭州西湖

中国の美を体現した、人々の憧れの風景

    松尾芭蕉の『奥の細道』では松島の部分で西湖が登場します。「松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず」松島の美しさは中国の洞庭湖、西湖にも劣らないだろう…、日本にも古くから西湖の美しさは伝わっていました。
    頤和園も西湖を模して作られており、北京や日本、その他多くの地域で、西湖は憧れの美しい景色として慕われていました。
    西湖は自然のままの風景ではありません。たくさんの人々が力を尽くして造り上げていった夢の光景です。西湖は中国文化の美を体現しているのです。
    2006年に、中国の国家AAAAA級旅行景区に指定され、2011年6月の第35回世界遺産委員会で世界遺産(文化遺産)として登録されました。

杭州西湖 杭州西湖 杭州西湖

世界遺産登録:2011年

杭州西湖 
 

杭州西湖の文化的景観の位置及び周辺情報


     上海から西湖のある杭州までは直線距離で約160キロ、一番早い鉄道を使えばたったの49分で到着します。西湖は杭州の街の一部と言っていいほどの距離にある観光地です。湖の南側には大規模な逆流現象が起こることで有名な銭塘江が流れています。

 
 

世界遺産に選ばれた理由

  •     西湖は自然のままの湖ではありません。長い年月にわたって人工の島や堤が作られたことによって、現在の美しい景観ができあがっているのです。その営々と築き上げられて
  • きた文化的景観が評価され、2011年に世界遺産として登録されることとなりました。
 

杭州西湖の文化的景観の歴史及びエピソード

  • 西湖の始まりと維持
  •     秦の始皇帝は海を見るためにここに来て、現在の大石仏寺の石に船を繋いだといわれています。紀元前、秦の時代にはここは湖ではなく海に面した湾だったのです。周りの
  • 山々は岬だったと考えられています。そこにだんだんと砂や泥がたまっていき、長い時間の後に湖ができ上がったのです。後漢の時代には湖としての名称が書かれているので、
  • その頃には湖となっていたようです。
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  • 地上に落ちた玉の伝説
  •     西湖は昔から有名な観光地ですから、関連する伝説もたくさんあります。その中のひとつをご紹介しましょう。
  •     昔、天に住む玉龍と金鳳が銀河の辺りで白い玉を見つけました。この玉を長年磨き続けていると、きらきらと美しいたまになりました。この玉で照らすと木は緑になり、花は咲
  • き誇ります。
  •     その玉に王母娘娘が目をつけて、天の兵隊たちに奪わせました。奪われた玉を返すように玉龍と金鳳はいったのですが、王母は返してくれません。そこで両者は戦うことにな
  • ったのですが、その時にうっかり王母が玉を地上に落としてしまいました。それが西湖になったのです。玉龍と金鳳も玉を追ってそこに降りて行き、山となり永遠に西湖を守って
  • いるそうです。
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  • 物語の舞台としての西湖
  •     西湖を舞台とした有名な物語と言えば、やはり「白蛇伝」でしょう。この作品は中国では京劇や映画などで何度もとり上げられており、日本でも1958年に日本初の長編カラー
  • アニメ映画として白蛇伝のアニメが作られています。
  •     このお話は西湖で出会った白蛇の精の白素定と人間の男性、許仙の悲恋のストーリーです。人間に化けて西湖にやって来た白蛇の精の白素貞は、西湖を横断する白堤の
  • 東の橋にある断橋というところで許仙と出逢い、結婚します。しかし後に金山寺の和尚により白素貞は正体を見抜かれてしまい、西湖に面して建つ雷峰塔の下に封じられてしま
  • います。
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  • 西湖の名称の移り変わり
  •     西湖は昔、武林水、銭塘湖、西子湖など、いろいろに呼ばれていました。西湖と呼ばれるようになったのは隋代に、湖のそばにあった街、銭塘県城が湖の西側に移転してから
  • です。街の西にあるから西湖です。この名称は杭州の西湖だけではなく、中国各地にたくさん存在します。
  •     西子湖という名称の「西子」とは春秋時代の美女、西施のことです。北宋の詩人蘇軾が西湖は西子よりも美しいと歌ったことから、この美名がつきました。
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  • 西湖に貢献した詩人
  •     北宋の有名な詩人蘇軾といえば、「春宵一刻値千金」という詩句が思い出される人もおられるのではないでしょうか。この有名な詩人が西湖に大きな貢献をしています。
  •     この地に役人として赴任して来た蘇軾は西湖の整備を行いました。長い間浚っておらず草だらけになっていた西湖を20万人という大勢の人々を動員して浚い、西湖を南北に
  • 横断する堤を築きました。この堤が今も残る「蘇堤」です。
  •     西湖といえばトンポーロウが有名ですが、これも蘇軾の号である「東坡居士」から来ています。中国語ではトンポーロウを「東坡肉」といいます。この料理は、蘇軾が労働者た
  • ちにふるまったものだといわれています。
  •     これより前、唐の時代の有名な詩人白居易も、この地に役人として赴任し、農業用水問題解決のために西湖を浚ったり、水門を修理したりしています。蘇堤と同じく有名な「白堤」
  • は白居易に関わるものと思われることも多いようですが、これは白居易とは関係ありません。白居易が築いたのは白公堤というものです。
 

西湖十景

曲院風荷

    西湖の西側、岳廟の付近にあります。南宋の時代ここには宮廷のお酒を造る場所があり、前の湖には蓮を植えていました。夏になると蓮の香りとお酒の香りがふんわりと漂ったそうです。
    今もここにはたくさんの蓮が植えられており、夏にはたくさんの花を眺めることができます。

雲崗石窟
 
三潭印月

    三潭印月とは西湖の中で一番大きな島の名前です。中国で今使われている一元札を見ると、水の中に立つ3つの塔の絵が描かれていますが、これがこの三潭印月から見ることのできる風景です。この塔は蘇軾が西湖を整備した頃に作られたといわれていますが、当時におかれていた場所は現在の場所ではないそうです。

雲崗石窟
 

雷峰夕照

    雷峰塔は西湖の南に立つ塔です。夕方の雷峰塔の美しさから、ここが名所となっています。
    雷峰塔が初めて建てられたのは五代十国時代の呉越国の時です。このとき杭州は呉越国の都でした。その塔は明の時代に倭冦によって燃やされてしまい、塔の芯だけを残す姿となってしまいました。清の時代に再建されたのですが、その塔は中華民国の時代に倒壊してしまいます。それから70年以上、塔は再建されませんでしたが2001年に新しい塔が落成しました。この建設に際して行われた発掘では、五代十国時代の純銀の塔や仏像が発掘されたそうです。

雲崗石窟
 
 

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