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世界文化遺産・敦煌・莫高窟

敦煌・莫高窟

色あざやかな絵画と塑像で彩られた祈りの空間

     砂漠の山、鳴砂山の東側の断崖に開くいくつもの洞窟。長さは南北1680メートル、高さは50メートルにもおよびます。約1000年に渡り、数々の王朝が移り行く中営々と刻まれて行った祈りの空間、それが莫高窟です。
     もともとの名は漠高窟であったそうです。その意味は「砂漠の高いところにある洞窟」。やがて「漠」の字は「莫」と置き換えられるようになりました。また千佛洞とも呼ばれることがあります。
     石窟という仏教芸術はもともとインドの仏教建築様式です。やはり世界遺産であるインドのアジャンター石窟などが有名ですが、これは1世紀から造られています。それがシルクロードを通って伝わり、中国では黄河にそって広まりました。
     莫高窟が造り始められたのは366年のことです。中国では五胡十六国時代に北方の民族によって前秦という王朝が北方に建てられていました。敦煌もこの王朝に支配されていました。366年という開窟年は碑文に残されたものです。楽僔という僧侶が現在の莫高窟の前を通りがかった時、山が金色に輝き、たくさんの仏が姿を現しました。そこでこの岩の壁に石窟を掘ることになったそうです。
     敦煌は中央アジアやヨーロッパと中国を繋ぐ陸の交易路、俗にいうシルクロードに位置します。敦煌は商売や貿易で栄えた街でした。その潤沢な資金が莫高窟の発展を支えたのでしょう。

敦煌・莫高窟 敦煌・莫高窟 敦煌・莫高窟

世界遺産登録:1987年

敦煌・莫高窟
 

敦煌 月別気温(Dunhuang Temperature)

月別 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 12月 12月
平均最高気温(℃) -1.7 4.3 13.3 21.1 26.7 31 32.8 32 26.5 18.8 8.1 0.2
平均最低気温(℃) -15.6 -11.3 -3.4 3.9 9.3 13.5 16.1 14.8 8.2 0.4 -6 -12.9
平均気温(℃) -9.3 -4.1 4.5 12.4 18.3 22.7 24.7 23.5 17 8.7 0.2 -7

敦煌・莫高窟(ばっこうくつ)

  • 莫高窟のある敦煌は中国西北部、甘粛省の酒泉市にあります。
  • 敦煌には市内から10数キロのところに空港、また少し市内からは離れていますが鉄道の駅もあります。
  • 莫高窟へは市内から車で30分ほどかかります。莫高窟の付近には砂の山である鳴砂山、その麓にある月牙泉といった観光地があります。
 
 

世界遺産に選ばれた理由

  •  約1600年に渡って数々の王朝が築き続けて来たこの石窟は、現存する洞窟数は492、壁画面積は45000㎡、塑像数は2400を越えます。そのため、現存する世界最大規模の仏教遺跡として、1987年、「莫高窟」の名で世界遺産に登録されました。
敦煌・莫高窟 敦煌・莫高窟
 

莫高窟の歴史及びエピソード

  • 道士塔
  •  1900年、莫高窟で大きな発見がありました。ここに住んでいた道教の道士が小さな洞窟を発見したのです。
     道士はここに道教の廟を建てようと16窟を掃除していました。そのときに小さな門を発見したのです。開けてみると中にはたくさんの教典などがおさめられていました。道士はこれを役所に届けました。しかし役所は重要な発見であることを理解できませんでした。その後も道士は何度か役所に保存を訴えました。一度は遠く800里先の役所までいきました。しかし、役所の返事は芳しくありません。
     やがてイギリスからスタイン探検隊がやってきました。道士はスタインと話し合い、一部の経典を売り払ってしまいます。道士はここに道教の廟を築きたいという目的を捨ててはいなかったのです。
     スタインが本国に帰って世界にこの至宝を発表した時、やっと当時中国をおさめていた清朝はこの文物の重要さに気づきました。そしてこれらを北京で保護することにしたのですが、北京に輸送する途中に文物は少しずつ散逸していったのです。道士は後に再度敦煌を訪れたスタインに文物の散逸を止めることができなかったことを、後悔しながら語ったそうです。
     1930年代になって、この藏経洞から発見されたたくさんの文物を研究するための学問、敦煌学がうまれました。
     莫高窟のそばにはこの道士、王円籙を記念する塔「道士塔」があるそうです。

  • 井上靖「敦煌」
  •  井上靖の映画にもなった作品「敦煌」は莫高窟と藏経洞を題材としたものです。藏経洞にはなぜこんなにもたくさんの文物が隠されていたのでしょう。ここに文物を隠したのは莫高窟で修行していた僧だといわれています。彼らは西夏の軍隊が敦煌に迫った時、ここにたくさんの文物を隠して行ったのです。井上靖の作品にはその風景がドラマチックに描かれています。
     ここには仏典だけでなく、儒教の経典、小説、詩、地理歴史などの書籍などが保存されていました。記した文字は漢字だけではなく、古代チベット語、梵字、クチャの言語など、多数のものが見られます。西や東、たくさんの地域の物品が行き交いした敦煌ならではでしょう。
 

敦煌の見どころ

  • 敦煌の大仏
  •  敦煌の風景としてよく見られる9層の屋根をもつ建物、それが96窟です。この洞窟は非常に高さがあり、中には高さ35メートルを超える大きな弥勒菩薩の座像が鎮座しています。これは楽山、栄県に続く、3つめに大きな仏像です。
     洞窟が造られたのは888年、唐の時代です。当時則天武后は自身を弥勒菩薩の生まれ変わりと称しており、弥勒菩薩がブームとなっていました。そのためか、この弥勒菩薩には女性的な雰囲気が漂っています。

  • 飛天
  •  莫高窟でもっとも多く目にするのは飛天です。飛天は諸仏の背景に描かれる天人で、歌と踊りがうまいとされ、多くは楽器や花などを手にして、宙を舞っています。オリエントにみられる有翼の人物像が西に伝わって天使に、東に伝わって飛天になったとも考えられています。特徴的なのは、空を舞っているにもかかわらず、翼をもたないというところです。この飛天は日本の仏教芸術にも姿を見せています。

  • 時代による変遷
  •  敦煌の洞窟には時代によって様々な特徴があります。時代は主に四つに分かれます。南北朝時代、隋唐時代、五代十国時代、西夏と元の時代です。
     南北朝時代には禅窟が築かれました。禅窟とは中心となる大きな窟の壁に小さな修行用の穴が設けられているものです。現在の268窟、285窟にこの形態が見られます。この時代の壁画にはガンダーラ美術の影響を受けた西域の雰囲気があります。
     石窟の全盛期である隋唐時代の絵画は唐代に流行したふくよかな人物像など、中国独自の雰囲気をもっています。また絵のレベルも格段にあがっています。
     五代十国時代には以前の石窟をリフォームしたりしたものが多く、レベルはそれほど高くありません。しかし莫高窟最大の壁画である五台山図がこの時代に残されています。この壁画は61窟にあり、高さは5メートル、幅13.5メートルもあります。
     西夏、元の時代にはチベット密教に関するものが多く残されています。

  • 黒い顔
  •  敦煌の壁画の中には黒い顔をした壁画や、不自然な位置に黒が用いられているものが見受けられます。これは陰影をつけるためにいれた赤が、時代を経て黒く変色してしまったものです。
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敦煌・莫高窟(ばっこうくつ)の基本情報

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