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世界文化遺産・大足石刻

道教や儒教も取り入れた、もっとも中国らしい石窟

    中国にはいくつもの石窟がありますが、中でももっとも中国らしさがあるのがここ、大足石刻です。それというのも、大足石刻は他の石窟に比べて遅い時代に作られたものだからです。もともとインドから伝わって来た仏教文化である石窟は、インドからの影響を強く受けていました。それが長年中国で作られている間に中国化していったです。この大足石窟では中国発祥の文化である儒教、道教の石像が多く残されています。また民間の風俗を表現したものも数多く残っており、中国ならではの雰囲気を伝えています。
    深い山の奥にあるため、大足石刻(だいそくせっこく)は交通が不便です。ですが、だからこそ人的破壊を逃れ、これほど多くの石像を残すことができたのです。
    山の奥に隠れた宗教の世界へ、世俗を離れた清い空気がそこには残されています。

大足石刻大足石刻大足石刻

世界遺産登録:1999年

大足石刻
 

明・清朝の皇宮群へのアクセス


     大足石刻は重慶の空港から西へ直線距離で90キロほどの山中にあります。山地なので車で行くと約2時間半かかります。そのまま西に200キロほど行くと、大仏で有名な楽山があります。また重慶市内を挟んで東側には世界遺産である「中国南方カルスト」のひとつ、武陵があります。ここも市内から約2時間半で到着します。

 
 

世界遺産に選ばれた理由

大足石刻
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  •      大足石刻に含まれるのは北山、宝頂山、南山、石篆山、石門山の5カ所です。このように広い規模に優れた技術の彫り物が作ら
  • れ、また中国の石窟芸術の中で大きな位置を占めているという理由から1999年、世界遺産に登録されました。石窟としては敦煌の莫
  • 石窟に続く2つめの登録です。
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大石石刻に関するエピソード

  • 石刻とは?
  •      石刻とは石に掘られたもの全般を指します。石に掘られた碑文から仏像などの彫刻まで、さまざまです。大足石刻は石刻の中でも中国で摩崖石刻といわれているものです。
  • 摩崖石刻とは天然の石の崖に掘られたもので、文字、石像のほか、壁画も含まれます。
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  • 石窟の歴史
  •      石窟とは古代インドから中国に伝わって来た仏教文化です。中国にこの文化が伝わって来たのは3世紀頃、5世紀から7世紀の頃に中国の北方地方で興隆しましたが、8世
  • 紀にはその流行も下火になりました。その後、9世紀から13世紀にかけて長江流域の大足で盛んになりましたが、これを最後に中国の石窟美術はその歴史を終えました。
  •      作られた年代により石窟には特徴があります。4〜5世紀に作られた雲崗石窟はガンダーラ美術の影響が強く、龍門石窟は中国とインドの文化が融合しています。そして晩
  • 期である大足石刻はテーマも様式も中国的、道教や儒教まで取り入れているのが特徴です。
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  • 越智鳳の伝説
  •      宝頂山の石刻を始めたのは南宋の越智鳳という大足出身の僧侶です。彼は70年もかけてたくさんの仏像を彫り、中国晩期石刻芸術の集大成者といわれています。
  •      越智鳳は貧しい家庭に生まれました。彼が5歳の頃、母親が病気になりました。父親が占い師に見てもらったところ、子どもを僧にすれば母親の病気は良くなると言われま
  • した。そこで越智鳳は自ら僧になったのです。寺のお坊さんは良い人で、越智鳳をきちんと育て上げました。やがて16歳になった越智鳳は遊学に出かけました。しかし戻って
  • 来たとき、恩師は倒壊した寺につぶされて亡くなっていました。
  •      越智鳳を育てた恩師の望みは大きな寺を造ることでした。そこで越智鳳は恩師の望みをかなえようと、大きな寺を建てる場所を探しました。そこで見付けたのが宝頂山です。
  • 山の村長に越智鳳はいいました。「ここに大きな寺を建てれば参拝客が増え、村の人々は裕福になるでしょう」。村長はそれを許し、越智鳳は付近の富豪たちを帰依させ、
  • 喜捨されたお金で寺の建物を造り、周囲の崖に仏像を彫って、大きく立派な寺を造りました。これが宝頂山の聖寿寺と石刻群なのです。
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  • 北山石刻群の創始者
  •      北山の石刻群を始めに作ったのは、大足付近をおさめる役人だった韋君靖です。唐の将軍だった彼は、自分が多くの殺生を犯したことを恐れ、石工などを集め、892年、
  • 北山の崖に毘沙門天や千手観音を彫らせました。これが大足石刻の始まりとなったのです。

大石石刻の見どころ

  • 1.北山石刻群
  •      唐末から南宋にかけ、全部で5000以上の像が造られました。総面積のおよそ半分は密教をテーマにしたものです。中でも注目なのが、136号石窟、転輪経藏窟
  • (心神車窟とも呼ばれています)の普賢菩薩です。その美しさに、東方のヴィーナスとも呼ばれています。
  •      ここの見どころは、晩唐から南宋にかけ、時代によって変化する石像のデザインを観察することができる事です。たとえば、9世紀末ごろはふっくらとした体躯で、細密な衣
  • 紋、薄い衣が身体に張り付くような、唐の流行を引きずったものです。10世紀中頃のものは小さくて巧み、複雑な模様をまとったものが多く、唐から宋への過渡期の様相がう
  • かがえます。
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  • 2.宝頂山石刻群
  •      聖寿寺を中心に石窟が広がっています。メインは大仏湾と呼ばれる崖で、寺の左下にあります。長さは500メートル、高さは8メートルから25メートルあるという巨大なもの
  • です。ここには仏教伝来物語や六道輪廻図、千手観音などたくさんの仏教をテーマにした石刻が掘られています。
  •      ここの見どころは上下左右に仏を拝む信徒の姿を配した、世界で最大といわれる31メートルの涅槃仏と、本当に1000本以上の手をもつ千手観音像です。
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  • 3.南山石刻群
  •      南宋の時代に始まりました。11世紀から13世紀の道教の石刻が多く、中国で道教の石窟造像が最も集中している場所と言われています。
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  • 4.石篆山石刻群
  •      北宋の時代に造像が始まった山です。こちらは仏教、儒教、道教の3つの石刻が共存してる、珍しい山です。
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  • 5.石門山石刻群
  •      北宋の時代に始まりました。こちらには仏教と道教の石像があります。

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重慶のホテル

 

大足の基本情報

 
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