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世界文化遺産・万里の長城

山々をつたう中国の守り神

    山々の頂きをたどるように伸びる万里の長城は、その姿を龍にも例えられる、中国で最も有名といっても過言ではない史跡です。「不到長城非好漢(長城に行かなきゃ男じゃない)」という有名な言葉があります。この言葉はお土産屋のTシャツなどによくプリントされていますが、もともとは毛沢東の詩からとられた言葉、長城へ行くという困難を越えなければ男じゃない、というものです。しかし、現在ではツアーなどでたやすく長城をたずねることができます。
    2012年、中国の国家文物局が5年に渡る調査の結果、万里の長城の長さを従来言われていた長さの2倍以上、約21196.18キロメートルである発表しました。その長大さには驚き以外の何もでてきません。
    長城に上り、周囲を見渡せばここを超えようとした北方の人々と、守ろうとした長城の内側の人々の思いを感じるとともに、ゆったりと山を這う姿が雄大な気持ちを呼び起こすことでしょう。

万里の長城万里の長城万里の長城

世界遺産登録:1987年

万里の長城
 

万里の長城の位置及び周辺情報



     万里の長城という名の通り、非常に長大なため、中国各地にいくつもの観光スポットがあります。最も有名な北京郊外の八達嶺には、北京市内から車で1時間半ほどで到達します。
     その他、北京周辺では慕田峪、司馬台、古北口などの長城観光スポットがあり、いずれも日帰りで楽しむことができます。

 
 

世界遺産に選ばれた理由

万里の長城
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  • 万里の長城は1987年、その芸術的価値と歴史上の重要性などが認められ、世界遺産に登録されました。この認定は故宮や莫高窟
  • などと同じ年で、中国でもっとも早い時期の認定になります。
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万里の長城の歴史及びエピソード

  • なぜ万里の長城が造られたのか?
  •      なぜ万里の長城が造られたのかというと、皆さんもご存知の通り、北方民族の侵攻を食い止めるためです。
  •      北方民族は大変強力でした。万里の長城が造られ始めたのは春秋戦国時代、この頃の長城以南の人々の戦闘形態はというと、一番強力なのが戦車、次が歩兵でした。
  • 戦車は3人乗りが基本です。馬に引かせた台の上に人が三人乗るのです。ひとりは御者、ひとりは弓を引く人、もうひとりが槍のような長い武器を持っている人です。これに
  • 対し、北方民族は騎馬で馬上から武器を使いました。騎馬と戦車では機動力に大きな差があり、戦うとなれば戦車が劣勢になるのはいうまでもありません。ですから、戦う
  • 前に北方民族を防ぐ必要があったのです。
  •      はじめに造られたのはいち早く北方民族の動きを伝えるためののろし台でした。その後、それを城壁で繋いでいきました。それがもっとも初期の長城となったのです。
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  • 幾度もの増築
  •      万里の長城を修築した国家は20以上にも及びます。中でも有名なのは秦と明による修築です。
  •      各国を統一し春秋戦国時代に終わりを告げたのは、秦の始皇帝です。彼は春秋戦国時代に各国が造り上げた長城を、大規模な人員の投入で修築しました。およそ100万
  • 人もの人が投入されたそうですが、その数は人口の約1/20に当たるそうです。
  •      始皇帝が修築した時の長城は西は臨(さんずい+兆)、東は遼東でした。秦の次の漢の時代には西は河西回廊までのびました。そして後の明では嘉峪関から鴨緑江の
  • ほとりまで伸びました。
  •      今残っている万里の長城のほとんどは明の時代に修復した部分です。
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  • どこを通っているの?
  •      万里の長城は遼寧省、河北省、天津市、北京市、山西省など、10の省を通る長大なものです。そこを通る長城は1本の長い線ではなく、時には重複している箇所もあり
  • ます。一番重複の多い場所は雁門関(山西省)で24ものルートがあるそうです。それだけこの場所が重要視されたということでしょう。
  •      明代には防備を固めるため、内三関という長城が修復されました。北京市から河北省かけての部分で、居庸関、紫荊関、倒馬関をつなげたものです。内三関はいくつもの
  • 場所で他の長城と重なっています。時には数十里(1里は約500m)の近さになる所もありそうです。
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  • 万里の長城の造り方
  •      万里の長城というと、長く続く壁が思い出されますが、長城はすべてが壁というわけではありません。敵が侵入しないようにするための設備なので、時には壁ではなく、堀が
  • 掘られることもあり、また天然の峻険な地形も取り入れられています。
  •      壁を造る場合、その高さは平均して約8メートル、時には14メートルの高さになる箇所もあります。地形の様子を見て造られるので、平地や重要な地点では壁が高くなります。
  • 壁の幅は下部が平均して約6.5メートル、上部が約5.8メートルです。物資を運ぶ馬車が2台平行して通るための広さが確保されているのです。
  •      壁の外側は主に焼きレンガが使われていますが、内部には泥や砕いた石など様々なものが詰められています。内部に詰められるものはその築かれた地域の気候や手に
  • 入るものなどによって異なります。

万里の長城の見どころ

万里の長城
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  • 八達嶺
  •      最も有名な長城と言えばやはりここでしょう。北京の中心部から約60キロほど北西に行った場所にあります。現在見られるものは
  • 明代に修築されたものですが、戦国時代からここには長城があり、いくつかの遺跡も残されているそうです。有名な関である居庸関
  • もここにあります。
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万里の長城
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  • 山海関
  •      河北省の秦皇島市にある関で、明が修築したものです。現在では長城の東端は虎山長城とされていますが、2008年まではここ
  • が長城の東端とされていました。海の際まで造られた老龍頭はやはり、長城の端という雰囲気を感じさせています。現在東端とされて
  • いるのは北朝鮮に面した遼寧省丹東市、鴨緑江際の虎山長城です。
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万里の長城
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  • 嘉峪関
  •      甘粛省に位置する関で、明代長城の西端とされています。日干しレンガや版築(土や石などを搗き固めて壁にする方法)で造ら
  • れており、付近には壁画なども残されています。シルクロードの重要地点でもあります。
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万里の長城
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  • 玉門関
  •      敦煌文書で知られる、中央アジアの探検で有名なスタインが木簡を発見したことから現在の建物が玉門関とされています。砂漠
  • の中の高さ約10メートル、東西約24メートルの建物は、その素っ気なさが時の流れを感じさせてくれます。
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